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横浜地方裁判所 平成3年(ソ)4号 決定

抗告人

山口隆久

外五六八名

相手方

横浜市

右代表者市長

高秀秀信

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は「原決定を取り消す。」旨の裁判を求めるものであり、その理由の要旨は次のとおりである。

1  抗告人らは、平成三年八月六日、横浜簡易裁判所に対し、横浜市を相手方として、相手方が横浜市西区所在の掃部山公園内に建築を予定している能楽堂の建築禁止を求める調停を申し立てた(以下「本件調停申立」という。)。

2  抗告人らの建築禁止を求める法的根拠は、前記建築が都市公園法、災害対策基本法等の法律に違反し、行政裁量の逸脱により違法であることを前提に、その差止めを求めるもので、本案訴訟としては、地方自治法二四二条の二による住民訴訟が予定されるものである。

3  ところで、住民訴訟においては、住民が住民全体の利益のために訴訟を追行するものであることを理由に、複数の住民が共同して出訴した場合でも、各自が訴訟において主張する利益は共通であると解され、右解釈は調停申立においても同様であるはずである。

4  そして、本件調停申立における調停を求める事項の価額は、これを算定することはできないから、民事訴訟費用等に関する法律(以下「法」という。)四条七項により九五万円とみなされ、しかも前記のとおり抗告人らの調停において主張する利益は共通であるから、抗告人らが調停申立において納付すべき手数料は、同法三条、四条、別表第一の一三の項により五〇五〇円となるべきである。

5  ところが、横浜簡易裁判所は、抗告人らの調停を求める事項の価額を算定不能としたうえで、九五万円に抗告人らの人数を乗じた五億四〇五五万円とし、納付すべき手数料額を一〇八万八五〇〇円とし、平成三年九月一三日、抗告人らに対し、命令到達後一四日以内に、抗告人らが納付した手数料(五〇五〇円)との差額一〇八万三四五〇円を納付するよう命ずる補正命令を発し、右命令は同日抗告人らに送達された。

6  抗告人らは、右補正命令は前記のとおり法令の解釈を誤った違法なものであるとして、右差額を納付しなかったところ、同裁判所は、平成三年九月三〇日、抗告人らの本件調停申立を却下する旨の決定(原決定)をなし、右決定は、同日抗告人らに送達された。

7  しかしながら、原決定はその前提となる抗告人らが納付すべき手数料の額の算定を誤った違法なものであるから、その取消を求める。

二当裁判所の判断

1  本件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  抗告人らは、平成三年八月六日、横浜簡易裁判所に対し、横浜市を相手方として、相手方が横浜市西区所在の掃部山公園内に建築を予定している能楽堂の建築の禁止を求める調停の申立(本件調停申立)を行い、その際五〇五〇円の手数料を納付した。

(二)  横浜簡易裁判所は、平成三年九月一三日に抗告人らに対して、不足する手数料一〇八万三四五〇円を納付するよう命ずる補正命令を発し、右命令は同日抗告人らに送達された。

(三)  その後、抗告人らにおいて、不足する手数料の納付をしなかったため、同裁判所は平成三年九月三〇日に本件調停申立を却下する旨の原決定をなし、右決定は同日抗告人らに送達された。

(四)  抗告人らは、平成三年一〇月三日、原決定には法令の解釈を誤った違法があるとして、横浜地方裁判所に即時抗告(本件抗告)の申立をなした。

以上の事実が認められる。

2  ところで、民事調停法二一条は調停手続における裁判に対しては、最高裁判所の定めるところにより、即時抗告をすることができる旨規定しているが、民事調停規則には調停申立を却下する決定に対して即時抗告を許す旨の明文の規定がないので、先ず本件即時抗告の適否について判断する。

民事調停制度は、民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目的とし、簡易・迅速・低廉かつ個別の紛争に即応した具体的妥当な解決を図りうる紛争解決方法を国民に提供するもので、裁判所に与えられた重要な紛争解決機能の一であるところ、調停申立を却下する裁判は、申立人がこのような民事調停制度を利用し得るかどうかにかかわるものであり、民事調停規則四条が事件を移送する決定に対して即時抗告を認めている趣旨をも考慮すると、調停申立却下の裁判についても不服申立が許されるものと解するのが相当である。そして右裁判は、その性質内容に照らすと、一定期間経過後は不服申立が許されず確定すべきものであることに鑑みると、調停申立の却下決定については、民事調停法二一条の趣旨を類推して、即時抗告の方法により不服申立をすることができると解すべきである。

よって、本件即時抗告申立は適法である。

3  次に、本件調停申立の手数料額について判断する。

本件民事調停申立書によれば、調停申立の理由は、本件能楽堂の建築が予定されている掃部山公園は、都市公園法上の都市公園で、平坦な広場、日本庭園、遊園地によって構成され、近隣の住民らの散策の場、子供たちの遊び場として日頃利用されているうえ、同公園を含む紅葉ヶ丘一帯は、災害時の広域避難場所と指定されているところ、相手方である横浜市による本件能楽堂建設は、都市公園法施行令一条の基準を下回る公園しか有しない住民にとって貴重な掃部山公園の自然環境を現状よりも悪化させ、住民である抗告人らの自然に親しむ権利を侵害し、かつ、地域の子供たちの貴重な遊び場を奪い、地域の子供たちの保護者である抗告人らの子供を安全な遊び場で遊ばせる権利を侵害する違法な行為であるから、環境権及び人格権に基づいて右建設の差止めを求めるというのである。

そうすると、抗告人らが本件調停申立により得ようとする利益目的は、本件能楽堂建設により失われ、あるいは失われる虞れのある緑地環境の維持及び子供たちの養育環境としての安全な遊び場の確保という財産的評価のできない事柄であり、その調停を求める事項の価額は、これを算定することができないと解せざるを得ないから、法四条七項により、九五万円とみなされる。

ところで、本件調停申立は、前記のとおり抗告人ら各自がその固有の利益に基づいてその権利侵害の排除として本件能楽堂の建築の禁止を求めるものであり、抗告人らの本件調停申立相互間には利益の共通性は認められないから、本件調停申立における調停を求める事項の価額は、法四条六項、同条一項、民事訴訟法二三条一項により、抗告人ら各自の調停を求める事項の価額を合算すべきである。

したがって、本件調停申立において、調停を求める事項の価額の総額は、九五万円に抗告人の人数を乗じた五億四〇五五万円となることは計算上明らかであり、これに要する手数料額は法別表第一の一四の項の規定により一〇八万八五〇〇円となり、本件調停申立書に貼用ずみの五〇五〇円を控除しても一〇八万三四五〇円が不足することになる。

4 抗告人らは、抗告人らが提起を予定する本案訴訟は地方自治法二四二条の二による住民訴訟であり、したがって、調停を求める利益は共通であるから、調停を求める事項の価額は九五万円であると主張する。

しかしながら、調停申立に当たり納付すべき手数料額は、当該申立により調停を求める事項に応じて算出されるものであるところ、本件調停申立が抗告人らの環境権及び人格権に基づき、相手方との間で本件能楽堂の建設の差止めを求めるものであることは前記のとおりであるから、その手数料額もこれに応じて算出すべきであり、したがって、抗告人らが将来いかなる訴訟を提起する予定であるかどうかは、本件調停申立につき納付すべき手数料額の算定には直接関係がないというべきである。

5 なお、調停を求める事項の価額について前記3のように解すると、公害紛争処理法による調停申立の手数料との間に格差が生ずるとしても、同法上の調停手続と民事調停法上の調停とは、それぞれ制度の目的趣旨、調停成立の効果を異にするものであるから、何ら前記のような解釈の妨げとはならないというべきである。

6  以上のとおり原決定の前提となった補正命令には何ら違法な点がなく、抗告人らが右命令に従わず納付期限までに手数料を納付しなかったことを理由として本件調停申立を不適法として却下した原決定は正当であるから、民事調停法二二条、非訟事件手続法二五条、民事訴訟法四一四条、三八四条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官大喜多啓光 裁判官片桐春一 裁判官忠鉢孝史)

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